山下 《漣》は琳派的と言っていいと思います。全面銀地で思い出すのは有名な酒井抱一の《夏秋草図屏風》(19世紀、重要文化財、東京国立博物館蔵)ですが、江戸時代の琳派には、全面銀地、あるいは金地の上に一色だけで描くという、そこまで飛躍した発想というのはあまりないですね。思い浮かぶものとしては俵屋宗達の《蔦の細道図屏風》(17世紀、重要文化財、相国寺承天閣美術館蔵)という作品があります。この屏風は全面金地の上に緑一色で、地面の線と蔦の葉だけを描いています。金プラス一色だけということでは《漣》と同じですが、平八郎の《漣》はもっと抽象化が進んでいます。具体的な事物を表すモチーフが全くなく、部分だけ見ればミミズが這ってるような線があるだけ。でもそれが全体として見ると、本当に水面に見えてくる。近代の絵の中でもこれだけシャープでカッコいい絵は他に思い当たりませんね。
山﨑 ちょっと突出した感じですね
山下 そう、突出した感じがします。その感覚を是非間近に見て味わっていただきたいと思います。
《漣》を昭和7年に発表した後も彼は順調に制作を重ねていきますが、第二次世界大戦後、昭和28年に展覧会に出品して大きな話題になったのが、この展覧会の最大の目玉でもある《雨》という作品です。私はこの作品を高校生の時に初めて見たのですが、なんて大胆でカッコいい日本画だろうと思いましたね。描いてあるのは屋根瓦だけ。でもその屋根瓦の表面の質感がすごくよく表現されているのです。何故瓦というタイトルではなくて、《雨》なのかと言うと、よく見るとポツポツと降り始めた雨のシミが瓦に描いてあるからなんですね。
山下 その後も彼は結構実験的な、本当に今見るとポップと言いたくなるような作品を順調に描き続けて82歳で大往生を遂げます。亡くなったのは昭和49年ですが、私はその翌年、昭和50年に京都市美術館で開かれた「福田平八郎遺作展」を見てるんですよ。高校1年の時、友達と一緒に京都旅行をして、私が生まれて初めて見た本格的な美術展なんです。おそらく直前に新聞報道か何かで福田平八郎が亡くなったということを知り、《雨》と《漣》の図版が脳裏に刻まれたと思うのです。どうしても見に行きたいと思ったことを覚えています。
山﨑 福田平八郎は山下先生の原点でもあるのですね。
山下 その時に買ったカタログのデザインもいいんですよ。今見ても全然古くない。
東京国立近代美術館のグラフィックデザインを長年手がけていた原弘さん(グラフィックデザイナー/1903-1986)が晩年にデザインされたカタログなんです。
山﨑 すごく素敵ですね。
山下 カッコいいでしょ。《雨》をトリミングせずに使用して、その右にシンプルに展覧会タイトルがあるだけ。これは、このカタログをデザインした原弘さんが福田平八郎のセンスに敬意を評しているのだと私は思います。この絵をトリミングすることなんかしたくないという気持ち、よくわかりますね。
この機会に大勢の方に展覧会に来ていただき、福田平八郎のセンス、そして"日本画モダン"というキャッチフレーズに込めた感覚を共有していただけると嬉しいですね。
山﨑 是非"日本画モダン"の作品や福田平八郎の作品を皆様にご覧いただき、新しい日本画の発見をしていただければと思います。山下先生、ありがとうございました。